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福岡高等裁判所 昭和33年(う)1129号 判決

控訴人 原審弁護人 免出礦

被告人 関守善

検察官 高橋道玄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、記録に編綴の弁護人免出礦提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

同控訴趣意第一について。

所論は、農林漁業金融公庫より島崎土地改良区に対し資金の貸付決定がなさるれば、右両者間に消費貸借契約が成立し、該借受金は右改良区の熊本県信用農業協同組合連合会に対する預金となるのであるから、同改良区において自己の預金の払出を受けるに際し、虚偽の事実を申し向げても詐欺罪の成立するいわれはない。然るに、原審が公庫と改良区との間の資金貸付に関する契約は消費貸借ではなく、特殊の混合契約であつて、貸付金は改良区が右連合会から払出を受けたとき初めて改良区のものとなるから、払出を受ける際虚偽の事実を告げれば詐欺罪が成立すると判示したのは、法律の解釈、事実の認定を誤つたものであると主張する。

よつて記録を精査するに、原判決挙示にかかる原審証人須藤盛久、同金子義人、同志賀精一、同片山英昭の各証言及び志賀精一、須藤盛久、金子義人の司法警察員に対する各供述調書並びに証第五号、第二〇号(いずれも農林漁業資金借用関係書類)、第二一号(農林漁業資金借用証書)、第二二号(貸付書類綴)、証第三一号(貸付金受入証書)を綜合し、これに受託金融機関事務取扱要領の各規定を参照して考察すれば、次の各事実が認められる。すなわち、熊場市島崎町大字島崎一五八一番地島崎土地改良区(法人)(以下改良区という)は開畑溜池新設工事を総工費四〇〇万円を以て行うため、その八割に当る三二〇万円を農林漁業金融公庫(以下公庫という)より借り受けることとして、昭和三一年七月五日事業計画書等を添え農林漁業資金借入申込書を受託金融機関である熊本県信用農業協同組合連合会(以下県信連という)を経由して公庫に提出したところ、同年一〇月一一日公庫より右金額の貸付決定があつたので、改良区は同月三〇日公庫に対し連帯保証人の連署ある右金額の農林漁業資金借用証書並びに農林漁業資金借入に関する債務保証委託書を差し入れたため、即日同金額の公庫貸付交付金が県信連の改良区に対する貸付受入金口座に振り込まれたのである。そして、資金の借受者である改良区が公庫に対し年五分の割合による貸付金利息を支払うべきは勿論であるが、一方受託金融機関である県信連も亦貸付受入金(貸付金中改良区に対し貸付の実行をしないで自ら保留している金員)については改良区に対し同利率の割合による利息を支払うべきものなるところ、貸付金利息は貸付残元金に対し貸付当日又は前回利息払込期日の翌日から利息払込期日または償還日までの期間を基準として算定され(前記取扱要領第四六条)、また貸付受入金利息は受入日または前回利息払込期日の翌日から払出の前日または利息払込期日まで各日の最終残高の合計を基準として算定された上、双方の利息を相殺するものにして(同第四八条)、結局改良区はその差額の利息を公庫に支払うものである。

かように、改良区が公庫に支払う貸付金利息と県信連が改良区に支払う貸付受入金利息は、いずれも公庫貸付交付金が県信連の改良区に対する貸付受入金口座に振り込まれた時を最初の起算日とし同利率により算出されて、双方相殺の上その差額が支払われる事実に鑑み、併せて消費貸借契約及び預金契約(消費寄託)がいずれも要物契約であること(民法第五八七条、第六六六条)、及び前叙の如く資金借用証書の差入と貸付交付金の改良区に対する貸付受入金口座振込が同時的になされる事実に照らし、更に受託金融機関事務取扱要領において、貸付を受ける者を借用証書差入前においては借入申込者と称しているのに対し(第一二条第一項)、その差入後及び貸付交付金が受託金融機関に受け入れられた後においては借受者と称して(第一二条第一項、第一三条第一項第三項、第一六条第一項)その名称を截然と区別していることを参酌すれば、改良区の農林漁業資金借用証書が公庫に差し入れられて、公庫貸付交付金が県信連の改良区に対する貸付受入金口座に振り込まれた時、右貸付金につき公庫と改良区との間に消費貸借契約が成立するとともに、該金員は改良区の県信連に対する預金となるものと解するを相当とする。

しかし、さればといつて右預金は普通預金のそれとは異り改良区において無条件且つ自由に引き出して使用し得るものではない。

元来、農林漁業金融公庫は、農林漁業者に対し農林漁業の生産力の維持増進に必要な長期且つ低利の資金で、農林中央金庫一般金融機関が融通することを困難とするものを融通することを目的として設立されたものであり(農林漁業金融公庫法第一条)、農林漁業者に対し農地等の改良、造成、潅漑、排水施設、開畑等の事業に必要な資金を貸付けるものである(同法第一八条第一項、農林漁業金融公庫業務方法書第2・1)。従つて、公庫は右貸付金が貸付目的に反し貸付対象事業以外に使用されることを防止する措置を構ずべきは当然のことであり、さればこそ、公庫から業務の委託を受けた金融機関は、貸付金が貸付の目的以外に使用されることがないように適切な措置をとることを要し(同業務方法書第3・5)、貸付の実行の際貸付金が貸付の目的以外の目的に使用されることを防止するため必要があると認めるときは、貸付金の全部又は一部を公庫勘定の貸付受入金として受け入れ(受託金融機関事務取扱要領第一三条第一項)、また借入者から貸付受入金払出の請求があつたときは、貸付対象事業の進捗状況並びに借入者の資金所要状況を勘案して必要と認める金額を払い出し(同要領第一六条第一項)、更に公庫の貸付決定通り貸付を実行することを適当と認めるときは、借入申込者から借用証書を提出させ、特約条項に基く必要な指示を行うとともに、特約条項に基く義務を借入者に熟知させるものである(同要領第一二条第一項)。かくて、借受申込者である改良区は農林漁業資金の消費貸借契約締結の際、これに附帯して公庫に対し借入金を所定の使途である農地造成、潅漑排水以外の目的に使用せず、且つ資金の使途については公庫が貸付の目的以外に使用されることを防止するために指示する方法に従うことを特約しなければならないものであり(農林漁業資金借用証書特約条項第一条第二条)、よつて以て公庫の貸付金が貸付目的以外に使用されることを防止するためその資金規正につき万遺漏のないよう期せられているのである。かくて、改良区は県信連より資金の払出を受けるためには、右工事に実際支出した金額の領収証、請求書並びに工事進捗の程度を示す熊本県熊飽事務所長作成の出来型証明書または工事進捗状況調書を県信連に提出することを要し、県信連は右書類に基いて工事進捗の実態を把握して資金必要の程度を判断し、その出来高に応じて必要と認める限度の資金を貸付受入金より改良区に払い出すものであることは、原審証人志賀精一、同金子義人の各証言及び同人等の司法警察員に対する各供述調書により認められるのである。

してみると、改良区が公庫より借り受けた資金は県信連に預金されて、その貸付の目的である開畑、溜池新設工事以外の目的に使用されないよう強力な資金の規正が構ぜられ、県信連において右工事の進捗状況に即応して必要と認める限度の金額の払出が許されている場合、資金を貸付目的以外に使用するため、実際よりも過大な工事進捗状況と虚無の支出金額を記載した書類を真正なもののように装うて県信連に提出し、係員をして右書類のとおり工事が進捗し金員の支出がなされているものと誤信せしめて資金の払出を受ければ、たとえ自己預金の引出であつても詐欺罪が成立するものといわねばならない。

ところで、原判決挙示の証拠によれば、改良区理事は原判示第一(一)(二)のとおり、工事資金を特約以外の目的に費消するため過大な工事進捗状況を記載した熊本県熊飽事務所長作成の出来型証明書または工事進捗状況調書と虚無の支出金額を記載した領収証、請求書等を県信連に提出して多額の資金払出を請求し、係員をして右書類のとおり工事が進捗して支払がなされたものと誤信せしめ、原判示の如く六回に亘り金一五〇万円、金六〇万円、金四六万円、金三四万六〇〇〇円、金一一万円、金八万円合計三〇九万六〇〇〇円の預金払出を受けたことが認められるから、右改良区理事の所為はまさしく詐欺罪を構成するものというべきである。所論は出来型証明書或は工事進捗状況調書は預金の払出を受けるための必要条件ではなく任意的、便宜的のものであると主張するが、仮りに所論のとおりとしても、内容虚偽の文書を使用して相手方を欺罔したことには少しも変りがないから、詐欺罪の成立に何等の消長を及ぼすものではない。従つてまた被告人の所為が詐欺幇助罪となることは明らかである。原判決が公庫貸付交付金が県信連の貸付受入金口座に払い込まれても未だ公庫と改良区との間に消費貸借契約が成立するものではない趣旨の判示をしたのは、法律の解釈、事実の認定を誤つた違法があるけれども、原判決は虚偽の事実を申向けて県信連より資金の払出を受けた所為は詐欺罪を構成する旨判示しているから、原審の判断は結局相当である。

結局所論は、県信連に受け入れられた改良区の借入金に対し強力な資金規正が施されている点に目を蔽い、自己の預金引出の点のみを強調して詐欺罪の成立を否定するものであつて到底採用し難い。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二について。

所論は、公務員による無形偽造は作成権限ある者が内容虚偽の公文書を作成する場合に成立するものであるところ、出来型証明書は熊本県熊飽事務所長が作成すべきもので被告人に作成権限はないから、本件は被告人による公文書の無形偽造を構成するものではないと主張する。

農林漁業金融公庫法、農林漁業金融公庫業務方法書、農林漁業金融公庫貸付調査委託要綱の各規定によれば、公庫は主務大臣の認可を受けて農林漁業金融公庫業務方法書を定め、貸付に関する業務の方法を記載しなければならないこととなつており(法第二〇条第一項)、また公庫は都道府県に対し必要あるときは工事の認定等を委嘱することができ(方法書第4)、公庫法に基く融資の適正を図るため貸付対象事業に関し工事進捗状況の調査等必要事項を都道府県に委嘱するものとしている(要綱第1・第2・第3)。これに牧野春男、仲正善の司法警察員に対する供述調書を参酌すれば、出来型証明書又は工事進捗状況調書の作成が農林漁業金融公庫法に基き公庫より熊本県に、更に同県の指示によりその出先機関である熊飽事務所に委嘱されていることが認められるから、右書類の作成権限は同所長にあるものといわねばならない。

ところが、被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、原審並びに当審公判における被告人の各供述によれば、被告人は熊本県熊飽事務所農地林務課に勤務し、上司の命を受けて災害復旧事業の国庫補助金関係事務並びに土地改良区の潅漑排水事業に関する事務を補助していたものであつて、本件出来型証明書、工事進捗状況調書についても上司である所長を補佐してこれを起案し所長の決裁を受けて係員が所長の職印を押捺して作成していたものなるところ、被告人は改良区理事水本繁美等の依頼を受け同人等が県信連より不正に資金の払出を受けるため使用するものであることを知り乍ら、原判示第二、(一)乃至(五)の通り工事進捗状況を過大に記載した内容虚偽の熊本県熊飽事務所長浅香弘夫名義の出来型証明書及び工事進捗状況調書を起案し、情を知らない同所長の決裁を受けてその職印を押捺せしめ、以てこれを完成させたものであるから、被告人には虚偽公文書作成罪の間接正犯が成立するものといわねばならない(最高裁判所昭和三二年一〇月四日判決参照)。従つて原審が被告人の所為を同罪に問擬したのはまことに相当であり、原判決に所論の如き違法はない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第三(量刑不当)について。

なるほど、記録によれば所論の如く被告人の犯情は極めて憫諒すべきものがある。さればこそ、原審は被告人の所為につき酌量減軽した上、被告人を虚偽公文書作成罪の短期一年の法定刑を遥に下る懲役八月に処し、且つこれに対し執行猶予を付し、猶予期間も最短期間の一年としているのである。かようなわけで、原審の被告人に対する科刑はまことに相当というべく、論旨は理由がない。

そこで、刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 横地正義)

原審弁護人免出礦の控訴趣意

原審は公訴事実を認容して相被告水本等の詐欺等の事実を幇助した旨判示したのであるところ、左記理由により法律の解釈及判決の結果に影響する重大な事実の誤認があると思料せられるので原判決を破毀せられるよう御願い申上げます。

第一、被告の有責行為の前提となる相被告水本等の詐欺の成否について、

農林漁業金融公庫(以下公庫)、県信連及島崎土地改良区との関係 1、原審は公庫と改良区との貸借関係を公庫の受託金融機関たる信連に対し工事の出来高に応じて貸付けることを条件とする無名契約と認定したのであるところ、2、右は民法所定の消費貸借契約であることは、(イ)公庫法第十八条(業務の範囲)、(ロ)公庫業務方法書第二貸付条件一項(貸付金の種類貸付対象事業、貸付の相手方、利率、償還期限及び据置期間)、四項(貸付金額の限度)、(ハ)受託金融機関事務取扱要領第一条(信連は公庫法、公庫業務方法書、業務委託に関する契約証書、公庫融資要綱及この取扱要領により受託業務を処理する)、同第二項(受託者は貸付対象事業について、つとめて実態の把握に当るものとする)第四条(貸付決定の通知)第十六条(貸付受入金の払出等)の規定を綜合して之を肯認出来るし、3、信連の「貸付の実行」とは公庫と改良区との右貸借契約の内容を実行すること即ち、払出すことを推称するものであり、4、工事進捗状況調書又は出来高証明書等は貸付の唯一又は必要な条件に非らずして信連に於て工事進捗状況と資金所要状況を勘案して払出す参考資料に過ぎなかつたが、昭和三一年七月五日公庫山添利作総裁から知事宛の「同三一年度公庫貸付調査の委嘱について」てう通牒により出来高証明書は本委嘱事項に含まれないこと即ち除外していることを明かにした後、同三三年六月十三日以降に於ては一切調書を不要とするに到つて居り、5、改良区は貸主たる公庫に利息を支払い、預託した信連からは利息の支払を受けることとなつており、6、改良区と信連との間に特別な払出についての特約を締結していないし、従来も前途金として出来高証明書無しに払出した例があるのみならず長崎県等に於ても夙に此の方法に依り実行していること、等の事実を綜合して考えるとき、出来高証明書に二〇%乃至三〇%の工事水増があつたとしても、改良区に於て自己の借入金を信連より払戻しを受けるについて何等の特約無き本件について詐欺罪の成立する余地は寸毫も存在せず、従つて相被告水本等については無罪と云わなければならない。果して、然らば水本等の有罪を前提とする被告の幇助罪は全く成立しないものと断ぜざるを得ない。

第二、虚偽公文書作成等の成否について、

一、原判示出来高証明書は県の出先機関である熊飽事務所長の作成すべきもので、被告はその権限なく公務員による無形偽造は作成権限ある者が内容虚偽の公文書を作成する場合に成立するものにして、被告の如きその末端の事務を担当する者には関係ないものと云わなければならない。

二、而も右作成名義は所長にして、只被告は検査員として副署しているに過ぎない。

第三、情状について、

一、被告は地方公務員として永年真面目に勤務し、一回たりとも失敗したことなく、恩給受給権を取得して円満に退職し、現に本事件の為未だ浪人として家族と共に生活苦と斗つており、

二、本件出来高証明書も相被告等から早急にと懇望され、工事の進捗を促進させる目的で必要資金から逆算して一応の出来高を報告したに過ぎず、

三、右に当り金品の供与を受けたことなく、僅かビール等の接待を受けたことあるも後日返品する等により贈収賄の嫌疑は全然存在せず、

四、寧ろ信連の係員の事務の不手際を被告等に転嫁せんとするものであるのみか、実害皆無となつている。

以上の諸点を合せ考えるとき被告に対し何卒無罪の御判決を賜り度く、仮りに右主張が採用せられないとしても情状極めて憫諒すべきものがあるので御減軽の上御寛大な御判決を賜るよう御願い申上げます。

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